12 内弁慶

 

  話は前後するが、ちびの性格が変わってしまったようだ。 これは手術を受ける前からなので、病院生活が原因とは思えない。 どう変わったかというと、極端な人見知りをするようになったことだ。 以前は客があるとオレと一緒にお目見えして結構愛嬌を振りまいていたのに、このところ母ちゃん以外の人間には寄り付きもしない。 客が居間に入って来るやいなや、ソファの後ろに隠れる。 そしてその客が辞去するまで、絶対に出てこない。 無理に引っ張り出そうものなら、う~と顔を歪めて唸り、一目散にまたソファの後ろに走り込む。 オレは客の前で腹を出して仰向けになり、愛想の足りない母ちゃんをフォローして接待に励んでるというのになあ。 まったく、長男はつらいよ。 
 「きゃあ、ぶんちゃん、可愛い、いい子~」とか何とか言われると、オレだって褒められてまんざらでもないから、さらにアホな芸を続ける。 客はますます喜ぶ。 それだけ騒いでいても、ちびは決して出てこない。 どうしたんだ、いったい?
  

  人間の子も、幼児期には人見知りをするのが多いと聞くが、ちびはもう発情期さえ経験した「年頃娘」だったはずなのに。 客が帰ると、待ってましたとばかりさっと出てきて、今までどおりの暴れん坊に戻る。 オレはまた追いかけられ、引っ叩かれ、蹴られて、散々な目にあう。  昨日の朝なんか、エライめに遭ったよ。 オレの毎朝の日課は、母ちゃんのトイレについていって、フォルダーからトイレットペーパーを引っ掻き下ろして、母ちゃんに大目玉を食らうことから始まるんだ。 だけどオレはこういう性格だから、後ろを振り向いて母ちゃんの顔色を見ながら遠慮がちにソロソロと紙を爪に掛ける。 そこへちびが後ろからやって来て、オレの背に乗り、一気に紙を80センチくらい引っ掻き下ろしたんだ! オレは一瞬何が起こったのか分からないくらいだった。 呆然としているオレをあざ笑うように、ちびは居間に駆け戻っていった。
 

  そんなふうに暴れているので、ちびの腹の縫合跡はいまだに完治しない。 傷跡が膿んでジクジクしている。 母ちゃんは心配でたまらず、動物病院へ行って抗生物質とやらいう薬をもらってきて、いやがるちびの口をこじ開けて服ましている。 動物に薬を服ませるのは大変なんだよ。 母ちゃんはバターにその粉薬をふりかけ、抵抗するちびの口の脇から押し込んでいた。 母ちゃんだって本当はこんなことしたくないんだ。 病気で死んだ爺さん猫のことを思い出すからだ。 この話は書くのが辛いからやめよう。 いずれ母ちゃんの心の傷が癒えたらってことにしたい。
 

  何はともあれ、ちびは飼い主以外に心を許さない忠犬ハチ公みたいになっちまったんだ。 母ちゃんとしては痛し痒しだ。 自分以外の人間になつかないちびをいとおしいとは思うけど、お客さんにキバを向くようでは困る。 母ちゃんの飼った猫たちは、代々おっとり型が多く、特に雄はオレを筆頭として「アホやないか」と笑えるくらいの愛嬌者ばかりだった。 それに慣れていた母ちゃんは、突如として、このちびの野性味に遭遇し、戸惑っている。


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