唐突だけど、ウチの母ちゃんにはお気に入りの動物番組があって、仕事その他で見れない場合以外は、その時間帯に缶ビール片手にTVの前に座り込むのが常である。 先日は、何週間ぶりかでその番組を見ることが出来、母ちゃん、上機嫌であった。
画面では、生後1年くらいの猫が、人間の乳児用哺乳瓶を前足で抱えて口にくわえ、ちゅーちゅー吸っている。 なぜか後ろ足まで動いている。 番組構成員(というのかどうか知らないが)が「可愛い~」と賛辞を送っていた。
「ウルサイ」と母ちゃんは言う。 その猫は生まれてまもなく捨てられていたのを奇特な飼い主に拾われたわけだが、ひどい目にあった時の飢餓感は生涯その猫について回るのだろう。 だから前足・後ろ足すべてを使って母猫の乳房に吸い着いていた頃の記憶に支配され、我知らず体全体が動いてしまうのだ。
「ケッ。 そんなことも知らないで可愛い可愛い言うな~」と母ちゃんはわめく。
あのねえ、母ちゃん。 これはTV番組なんだから、そんなに深刻ぶってたら誰も見てくれなくなるよ。 母ちゃんの言いたいことはよ~くわかるけど、ここは猫の動きを楽しむコーナーなんだから、さ。 母ちゃんはこういう時、オトナでなくなる。 オレの方が母ちゃんを見ていられなくなる。 こんなんで職場で通用しているんだろうか。 あっちこっちでキレまくって人様に迷惑をおかけしてるんじゃないか。 オレは猫の身ながら心配をしてしまう。
また他日、新聞にこんな記事が出ていた。 日本人がいかに日本語の慣用句を誤用しているか、についてである。
「檄を飛ばす」→ 落ち込んでる人に刺激を与えて元気にさせる(誤)
* 自分の意見を広く他人に知らしめる(正)
「憮然とする」→ 不機嫌なこと(誤)
* 失望して呆然としているありさま(正)
ああ、こんな記事が母ちゃんの目に触れたら、また激怒するに決まってる! オレはビクビクしながら母ちゃんの様子を窺っていた。
母ちゃんはその記事を読んでいたらしいが、意外なことにいつものように毒づくことはなかった。
「だって、ぶん。 アタシが子供の頃から、周りの人は本を読んでいなかったもの。 こうなるのは当然さ。 日本語の未来は暗いんだよ」
こういうところは諦観している。 母ちゃん、ヘンなひと。