64 猫とホタルと人間と

 

   ある夜、珍しく母ちゃんが家を空けた。 同じマンションに住む女性に誘われて、徒歩5分のところにある自然公園の水路へ、ホタルを見に行ったのである。 ホタルは日没後1時間くらいの間に頻繁に飛び交うのだそうな。 いた、いた。 街灯もない暗闇の水辺に、何十というあえかな光がゆるやかな曲線を描いている。 見物の人間の数の方が多かったが、ほとんどの人がフラッシュなど焚かず、立ち入り禁止区域にも足を踏み入れず、まずまずの鑑賞態度であった。
 

  実は母ちゃんは和歌が大好きである。 もちろんシロウトの域を出ないから、万葉・古今・新古今の中の有名なものしか知らない。 その中にホタルを詠んだ歌がある。
「もの思えば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂(たま)かとぞ見る」 恋多き女流歌人・和泉式部
が、男につれなくされ、身を灼くような想いをホタルに託して詠んだという(ことになっている)。 母ちゃんは今別に恋などしていないが、ホタルを見てこういう連想をする昔の人のイマジネーションの豊かさに、脱帽するのだ。
 

   庶民を搾り上げて徒食をしていた貴族階級、金と暇は存分にあるから、そんな芸当も出来て当然だろう。 でも、彼らによって蓄積された文化の深さ・美しさは否定しようがない。  それにしても、40年前には身近にたくさんいたホタルが、こうまで珍重されて騒がれるのは、悲しいことだ。 オレたち猫がホタル見物に連れて行ってもらえるなら、抒情歌もへったくれもなく、あの動く光はかっこうの「猫じゃらし」になるだけだよ、母ちゃん。
  

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