2 子育て

 

   このぶさいくなチビスケがとんでもないコでね。まったく遠慮というものを知らないんだ。もっともオレが母ちゃんに拾われたのは、もうオレが中猫(人間で言えば中学生くらい)だった頃だから、一応の世間一般常識は心得ていた。同居の先輩猫に対する礼儀とかね。ところが、このちびすけにそんなものはナイ。まったくの幼児で、生え始めた歯でオレに噛(かじ)り付く。痛いのなんのって。こんな早い時期に母猫と別れて、まだ乳首が恋しいもんだから、乳の出ないオレの乳首にすがりつくんだ。考えてみれば哀れなもんだよ。記憶も薄らいでるけど、オレはともかくも少年時代までは母猫のふところでヌクヌク育ったような気がするんだ。


  それでオレは耐えた。今は亡き爺さん猫たちに同居を許してもらったこともあるしね。このちびっころの面倒見ようと腹をくくったよ。幼猫は通常母猫が肛門を舐めて刺激して排泄を促すんだけど、オレがそれをやったよ。おまけにコイツは結膜炎で目ヤニで目をふさがれてるから、それも舐めてキレイにしてやったんだよ。汚いって?そりゃ薄情な人間どもの言い草で、オレたち獣には当然のことなんだ。


  だいたいこの頃の人間どもは、ありゃいったいなんなの。自分が産んだ子を折檻してご飯をやらないで殺したりしてるじゃないの。子供の方だって平気で親殺しをしてる。もう人間の世も末だね、こんなことやってるようじゃ。猫なんかエライもんだよ。親猫は体を張って子猫を育てるよ。ノラなんか特に大変なんだ。自分が食べなくても子猫にはひもじい思いをさせまいとする。 人間だってかつてはそうだったんじゃないの?衣食住に不自由だった時代のほうが、人間はマトモだったんじゃない?食べていく事ができなくて、嬰児(えいじ)を間引きしたり、年貢が払えなくて泣く泣く娘を売ったりしたことはあってもさ。今は文明とやらが進んで人間どもは大きな顔してこの世にのさばってるけど、やってることは下劣になってきたようだね。


  オレが子猫の面倒見るようになってから、母ちゃんは安心して仕事に出るようになった。一日中、オレはちびすけと遊んでやってる。そのうち、ちびの眼病伝染(うつ)されてオレの片目が目やにで潰(つぶ)れた。「踏んだり蹴ったり」ってこのことだよ。オレ、文字通りちびに踏まれたり蹴られたりして、病気までもらったんだよ。

 
  でもね、エラソーなこと言ってるけど、実はオレも楽しくないことはないんだ。 だって、死んだ2匹は爺さん猫で、あまり激しい運動できなかったもの。 オレ、チビに追いかけられて家中逃げ回って、今すごい運動量を誇ってる。 子猫は加減というものが分からないから、息が上がるまで走り回るんだ。それに子猫の爪はまだ鞘が出来ていなくてニョキッと出たまんまだから、引っかかれると痛いの。 とにかく全力でオレに立ち向かってくるよ。オレも知らず知らず遊び心を取り戻して、夢中になって駆け回ってる。かくれんぼなんかしてて、オレがやっとこさちびを探し当てると、ちびのヤツ、隠れた場所でそのまんま眠っちゃってることもあるよ。ころんと転がっててすーすー寝息が聞こえるの。人間の子もこうなんだろ。遊び疲れるとすぐ寝ちゃうんだろ。


  そういう時のちびの顔って可愛いんだねえ。守ってやんなきゃって気持ちになるよ。さっきの人間の幼児虐待の話だけど、こどもの無心な寝顔見て、どうして鬼のような気持ち起こすんだろう。オレにはわかんない、まったく。オレにとっちゃこのチビは赤の他人の子で、オレが面倒見る義理はないんだよ。でも見捨てて置けないじゃないか。