オレはかなり疲れてる。 ちびから目を離せないし、自分の好きな遊びだって我慢してるんだよ。 オレの大好きな遊びは、夜母ちゃんが仕事から帰って「ぷは~」とうまそうに缶ビール飲んでる時にやるんだ。 缶の外側に水滴がついてるでしょ。 あれをね、缶をひっくり返さないようにして全部舐めるの。 母ちゃんが缶を口に持ってってる時にも伸び上がってしつこくやるの。 母ちゃんは晩酌を邪魔されて烈火の如く怒る。 その顔見るのが面白くてさ。
この頃忙しくてそれもやってないんだ。 人間で言うと「ストレス溜まってる」ってんでしょ。 母ちゃんはわかってくれている。 いろいろと欠点が多い人だけど、取り得は、多少の想像力働かすところかな。 「ぶん、大変だな、疲れたろ」って時々オレの頭を乱暴に撫でてくれるよ。 子猫に対しては、「きゃー可愛い」式の猫っ可愛がり(文字通りか)はしない。 子猫を拾ったのは「可愛いから」じゃなくて「放っておいたら死ぬから」なんだって。 だからウチのちびはよく母ちゃんに蹴飛ばされてる。 「邪魔だっ、どけっ」とか言われて。 それに、子猫よりオレの方をたててくれてるよ。 母ちゃんはあまり賢そうに見えないけど、もしかして策士なのかな。 猫同士仲良くさせるには、子猫をあまり珍重せず、オレに「そんな・・・もうちょっと可愛がってやればどうなの」と同情させ、2匹を近づけようとしているのか? う~ん、わからんね、オレには。
とにかく、オレは疲れたよ。 先日、母ちゃんのそばでうつらうつらしてる時、不覚にも「ふ~っ」と深いため息をついてしまった。 猫がため息なんて生意気だって? あのね、人間は何かというと「猫、猫」とバカにするけど、脳の構造は一番人間に近いんだよ。 ちょっと量が少ないけど・・・ 専売のアクビは言うに及ばず、クシャミも咳もオナラもため息もみ~んな人間と同じ理由で出るんだ。
さあ、それで母ちゃんが心配したのなんのって。 オレを抱き上げ、引っくり返して腹側の毛並みを見、「きゃー、ぶんがストレスで白髪になっちまった」と喚いた。 前述の通り、オレはまっくろ黒すけなんだけど、この頃腹側に白毛が何本か出た。 母ちゃんはオレにちびの面倒見させてる負い目があるから、「あ~、ぶんがストレスで病気になっちまったら、アタシのせいだ」と、久しぶりに落ち込んだ。
いったい全体、人間達は、何かというと「ストレス、ストレス」と騒ぐけど、その正体は何なの? 元来、生き物の体は皆、外界・環境の変化に応じて一定量のストレス(=あ、こりゃなんとかしなきゃならんと思うアセリのようなもの)を感じ、健康体であれば体がそのまま変化に順応できるよう、機能調節していくらしいんだ。 人間は必要以上にというか分不相応に余計な文明を発達させちゃったから、ストレスを受け取る場面もとてつもなく増えちゃったんだね。(自分が発明した機械に圧迫されたり、人間関係とやらに苦しめられたり) それでこの頃は肉体が感じ取るストレスの他に、心がその余分なヤツを引き受けるようになったんだって。 人間ってエライようでバカ。 猫なんか、わざわざ余計な用事こしらえて、苦しんだりしてないよ。 正直言って、このことは100年も前に夏目漱石さんという人間の中ではマシな出来の文豪が警告してるんだ。 漱石さんは、「ま、言ってもわかんないだろうなあ」と見通して死んじゃったんだけどね。
それにしても、人間は、ストレスって言葉を使いすぎないか? まるでストレスがあらゆる不調の免罪符みたいに聞こえるよ。 オレは、なにも精一杯やって調子悪くなった人間のことを言ってるんじゃない。 ストレスを自己弁護の材料にしてる輩(やから)が鼻につくんだよ。 自らを世界のリーダーだと勘違いしてるアメリカの財界人・映画スターその他著名人は、お抱えの精神科医を持っているのが「ステイタス・シンボル」なんだってさ。 ストレスを感じなきゃあ一流の人間じゃあないって。 これっておかしくないかい? まあ、日本人はなんでもかんでもアメリカさんがお手本で、悪いところまでありがたがって真似するから、仕方ないんだろうけどね。 聞くところによると、日本の元首相までアッチの歌手の物真似をしたそうだから。