9 ちびがいなくなった!?  

 

  ある日、母ちゃんが猫用キャリーケースを取り出して、いやがるちびを無理やり押し込め、あたふたと出て行った。 それからしばらくして帰ってきたのは母ちゃんだけ。 ちび、どうしたの? 母ちゃん、もしかしてちびを捨てに行ったの? そりゃあ、オレ、時にはちびのことうっとおしいと思ったことあるけど、いくらなんでも捨てるなんてひどいんじゃない? オレの頭の中で、ちびの可愛かった姿ばかりが駆け巡った。 母ちゃんのバカ!鬼!人でなし! オレはおろおろ母ちゃんの周りを駆け回った。 母ちゃんは動揺するオレを膝に抱き上げて、今までにないくらい優しい声で言った。
「ぶん、心配か? 違うよ。 捨てに行ったりしないよ。 ちびはね、2.3日病院にいるだけだよ」
 

  母ちゃんはオレが人間語を解すると思ってる。 事実、オレはある程度母ちゃんの言ってることがわかる。 なんだかよくわからないけど、母ちゃんがちびに酷いことをしたのではないということだけは分かって、少し安心した。
「あのね、ちびは女の子でなくなるだけ」と母ちゃんはまた言った。
「あっ、そうなのか」とオレは合点がいった。 ちびはここ数週間、時々、狂ったように鳴きわめくことがあった。 そういう時は、オレと遊ぼうともしない。 その声はとてもせつなくてオレは身を切られるような気がしたけど、どうしてやることも出来なかった。 オレは思い出した。 
オレも母ちゃんに拾われて何日か経った頃、病院に連れて行かれたんだ。 訳も分からないまま、オレの体の一部分が切り取られて、オレは別の生き物になった。 ああ、ちびもそうなるんだ。 
 

  母ちゃんは、人間の中では、動物を愛してくれているほうだと思う。 でも、一緒に住んでいる動物が無制限に増えていくと、いろんな制約があって飼いきれないんだ。 だから、オレとちびを、それぞれ男の子・女の子でなく生きていくようにせざるを得ないんだ。 
「ごめん、アタシに何億円か金があれば、どこかに広い土地を買って、何匹でも犬猫飼ってやれるんだけど」
母ちゃんは苦しそうに言った。 そりゃあ、そうだ。 母ちゃんは狭いマンション住まいだ。 ここの規約には「犬猫は飼ってもよいが1匹だけ」とある。 今は亡き先住猫が2匹元気でいた頃にオレを拾って、母ちゃんは都合3匹を「隠し飼い」していたのだし、今だってオレとちびとで2匹世話になってる。 相当ご近所に気を使っていると思う。

  「だけどさあ」母ちゃんは憮然(ぶぜん)とする。
「人間の子供なんて、いろんなワルサして、騒音出して、そこらを汚くして、それでも親は周囲に誤りもしないのにさ。 なんで動物だけが責められるんだ?」
この不条理に耐えつつ、母ちゃんはオレたちの命だけは全うさせようと決意している。