そんなある日のこと、深夜11時ごろ、母ちゃんがコンビニに飲み物を買いに出た。 これは、母ちゃんが帰ってくるまでの約20分の間に起こった怪事件である。 以下は衝撃を受けた母ちゃんに語り手を譲る。
私がコンビニから帰ってきて、ふと見ると、おトメの様子がおかしい。 買い物に出て行くまで、例によってチビにふざけかかって大はしゃぎをしていたはずだが・・・どうも元気がない。 それに何やら全身が濡れそぼっている。 特に腹側と四肢、喉元が、である。 頻りに濡れている箇所を舐め、口の中もくちゃくちゃと舐め回している。 一瞬だが、あってはならない光景が浮かんできた。 私がいなかったわずか20分の間に先住猫2匹が、日頃の鬱憤を晴らしたのではないか。 「この煩わしいバカ子猫め」ってんで。 特にチビは今のところ育児に専従しているように見えて、実はやはり憤懣やるかたない胸中だったのではないか。 コイツがいなければ、アタシは平穏な日々が送れたのに、「アンタのせいで・・・」ウッキーとなって子猫に何かしたのでは。
まあ、外傷はなかったから、その疑いはすぐに晴れたが、気になるのは子猫の具合である。 猫じゃらしを見せてもまったく反応はないし、とにかくグッタリしている。
「ああ、拾ってからたった10日の縁だったか」
とまで、一時は思ったほどだ。 そうこうしている間に、おトメは大量の嘔吐をした。 体と同じくらいの量を瞬時に吐いた。 それが妙に油くさい。 アッと気がついた。 私がいない間に、おトメは調理台の上に置いてあった廃油壷(深さ4cm、直径10cmの皿)の中の油を舐めたのだ! 濡れている部分から推測して、体ごと深皿の中に浸かってペロペロと! ああ、なんというバカ猫。
そういえば、真夜中に油を舐める化け猫の怪談がなかったか。 江戸時代の九州鍋島騒動は誰かの恨みを背負った猫が化けて暴れる話だったような・・・本当に真夜中、猫は油を舐めるのだ。 それを実証したウチのバカ猫は、しかし、消化不良に苦しんであわや死ぬところであった。 (吐かなかったら、死んでいただろう) 私は呆然と台所に立ち尽くした。 今まで飼った猫の中で、ここまでオロカだったのはいない。 てんぷらなどを揚げた後の使用済み油は、長年そんなふうに調理台のすみっこに置かれてきたが、手を出した猫はいなかった。 そんなモノを台所に放置してきた私もいけないが、あのニオイを嗅いだら、普通はたじろぐのではなかろうか・・・未知の体験に戦慄する私であった。
なるほど、これでは人間の赤ん坊も油断がならないわけである。 ハイハイを始めると、行き着く先のものを何でも口に入れてしまうというが、このことなんだな。 さぞかし、人間の母親も苦労が多いことだろう。 四六時中、目が離せず、油断がならないのであるから。
ここに至って、母ちゃんは初めて、子育てをする人間の同性に同情の念を抱いた。 赤ん坊を産んだことのない母ちゃんにとっては、知識としては知っていても、今回の事件でやっと身に染みた現実だったのである。