奉行ちび これより、本日の裁きを始める。 訴状によると、黒猫ぶんは茶トラとめ のおやつを 盗み食いしたとのこと。 とめ、これに相違ないか。
茶トラとめ お奉行様、その通りなんでイ。 こやつはあっしが後で食べようと楽しみに取っておいたニボシを、あっしが眠ってる間に食ってしめーやしたんで。
奉行ちび 黒猫ぶん、それに相違ないか。
黒猫ぶん め、めっそうもねえ。 あっしはただ長屋の井戸端に捨ててあったニボシを、もったいねえと思って腹の中へ片付けただけなんで、へい。
奉行ちび 双方、申したてに食い違いがあるようじゃな。
茶トラとめ お奉行様、この黒猫ぶんて奴ア, とんでもねえ食わせモノだぜ。 大人しそうな顔して、腹ん中ア何考えてんだかわかったもんじゃねえ。
奉行ちび ほう、そうかのう。
黒猫ぶん 何言ってやがんでイ。 やい、とめ、てめー、捨て子にされてたのを現在の母ちゃんに拾われたのを忘れたか。 おっかさんはなあ、てめーの根性がひん曲がってるのを直そうとして、どんなに苦労したか・・・
茶トラとめ 知らねーよそんなこたあ。それよりあっしのニボシ返してくんな。
奉行ちび これこれ、茶トラとめ、ここは白州であるぞ。 うん、この裁き、このたび新たに召抱えた「町人ご意見番」衆に任せてみよう。 ご意見番の衆、出ませい。
ご意見番衆 へい。 一同の者、揃いましてございます。
奉行ちび その方ども、こたびの件、いかが思うな? ありていに申せ。
ご意見番衆 お奉行様、調べ書きによりますと、この茶トラとめ、町内札付きのワルだそうにございます。 障子は破る、すだれには上る、油は舐める、赤ん坊は引っ掻く。 焼きかけのサンマは盗む。 このたびの訴状は、黒猫ぶんに対する言いがかりではないかと推察いたします。
茶トラとめ お、お奉行様、こいつらア、なんでイ? いきなり出てきて!
奉行ちび おほん、まあ、この衆の意見を無視するわけにはいかぬのじゃ。 茶トラとめ、その方、日頃の行状が芳しくないようじゃの。 よってその方の訴状は取り下げ、黒猫ぶんは無罪放免といたす。 本日の白砂、これまで。
黒猫ぶん ああ、神様はちゃんと見ていて下さるんだ。 嬉しいこっちゃねえか。 ご意見番の衆とやら、この恩は一生忘れねえ。 ありがとうござんす。
茶トラとめ けっ。 ご意見番とやら。 今度町内で出会ったらただじゃ置かねえぜ。
奉行ちび そのような事もあると案じて、その方には今後1年間、岡っ引きが目を離さず付いて回ることになっておる。
茶トラとめ ・・・恐れいりやの鬼子母神。