2008年3月

 

 俳句の世界では「猫の恋」と言って、春先に「お相手」を募集する猫たちの声が季語となっている。 本能のなせる業で、彼らに罪はないのだが、いかんせん、この騒がしさを嫌う人間サマが多いので、飼い主は頭が痛い。 ご近所に迷惑をかけるといけないので、獣医に去勢手術・避妊手術をしてもらうことになる。 煩悩のモトを切除すると、憑物(つきもの)が落ちたように静かになる。 昨日まで狂い回っていた自分を忘れてしまう。 
 トメの場合も、いよいよ夜鳴きが激しくなってきたので、仕方なく動物病院に連れて行った。 発情中は出血が多いということで、ある程度おさまってからと思っていたのだけど、そんなことも言っていられなくなった。 ウチは集合住宅の一室なのである。
 これまで何度も雌猫を動物病院に連れて行ったが、その都度退院の日に思うことがある。
人間も猫も、オンナは損だなあ、ということだ。 雄猫はタマを取るだけだが、雌は開腹手術で、時間も手間も料金も雄の比ではないのである。 もちろん、本人の苦痛も大きい。 腹の毛を剃られ、いつになくショボンとうなだれているのをキャリーケースに入れて帰る時、飼い主はせつない。
 ごめん、ニンゲンの都合で、こんな目に合わして! と心の中で謝る。
今回は、トメの発情があまりに早かったので、哀れさは一層増した。 家に連れ帰り、玄関でケースから出してやると、「わお~ん」と一声高く嬉し泣きをし、家中を飛び回って喜んだ。 兄貴のぶんは「あ、帰ってきたんだね」という鷹揚(おうよう)な態度で出迎え、トメの頭をやさしく舐めてやっていた。 ところが、姉貴のチビの方は、そんなに甘くはなかったのである。
 自分も同じような辛い目にあったことを覚えているのなら、いたわってやればよいのに、なんと、コイツは弱っているトメをくわーっと威嚇して追い立てたのである。 たぶん、2・3日入院していたトメが病院臭紛々で、イヤだったのではないか。 踏んだり蹴ったりの、かわいそうなトメであった。