都井岬の馬と宿

 11月の連休に宮崎県の都井岬を訪れた。日本では珍しい野生馬の棲息する地である。宮崎空港から車で約2時間。岬までの道の大半が左手に太平洋を望み、道路沿いには亜熱帯の植物が居並んでいる。「わき見運転注意」の標識が必要なほどの、絶景が続く。
 
 岬に近い所に、「駒止めの門」があり、通行料400円を払う(野生馬の保護にかかる費用の一端を担う)。私が選んだ宿は岬にある国民宿舎である。午後3時に到着するとすぐ、付近の散策に出かけた。岬一帯は海辺からせり上がった台地であり、太古のままの原野の面影をとどめている。その原野のあちこちに野生馬の群れがいる。黙々と草を食んでいた。日本古来の種で体はロバほどの大きさ、大人しい性格である。
 
 都井岬は若いころからの憧れの地であった。「地球が丸い」ということを改めて思い知らされるようなゆるやかなカーブの水平線を見せてくれる岬、そこで生き抜いている馬たち。
 だが、厳しい現実がある。馬の数も、観光客の数も、減り続けているのである。辺りには、かつてのバブル崩壊以前に隆盛を誇ったホテルの廃屋がいくつも並び、見る者に寂寥感を与えるのは否み切れない。
 
 私が投宿した国民宿舎も、3連休中だというのに、客は私を含め3人だけであった。また、宿の運営も、老夫婦2人だけで担っている。夕方、ご主人がその日海で獲ったばかりの魚介類が所狭しと食膳に並んだ。なんと、伊勢海老まで!こんな豪勢な食事が低料金でいただけるのである。
 建物は古くて簡素だが、私にとってこんなに素晴らしい宿はない。リゾートとか行楽地とか、そういう言葉とは無縁の存在である。夜、窓を開けると、あたりには灯火ひとつ見えず、原始の夜もこうであったであろう真の闇が広がっていた。
 
 それにしても、もう少し宿泊客が来ないと、(いくら公共の宿とはいえ)早晩閉鎖されるのではないか。騒ぎたてる観光客には来てほしくないが、手つかずの自然が大好きな人はいるはず、そんな人に薦めたい宿なのである。
 翌朝、ご主人に馬の話を聞く。「春に仔馬が生まれるが、その直後に雨が降れば育たない」
 南国ではあるが、厩舎を持たない野生馬、生き抜く条件は厳しいであろう。宿の庭先まで来ている親子馬に「元気で冬を越せよ」と声をかけ、車に乗り込んだ。
 
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