西暦2000年の秋、休日。集合住宅の駐車場に行くと、私の車のバンパーに雄の黒猫(生後5か月くらい)が乗っていた。急いで家に帰り猫缶を携えて駐車場に戻ると、彼は待っていて私の手から餌を食べ、それ以上の要望もせず、さらりと去っていった。
2日後、6階にある自宅に帰ろうとエレベーターを降りたら、住人用の外階段に、彼がちょこんと座っていた。なぜエレベーターと外階段の関連が分かったのだろう。それは今もって謎だが、その日から彼は我が家の住人となった。
その時期は、まだ雄の先輩猫2匹がいた。彼らは新入りの猫に対し、「ま、いいか」という、つかず離れずの態度で接してくれ、黒猫は徐々にその環境になじんでいった。
それがぶんである。2年後、先輩猫たちが相次いで亡くなり、ぶんは独りぼっちになった。さぞ寂しかろうと心配していた矢先、職場の空き地で生後2か月くらいの雌の子猫に遭遇。よほど母猫が恋しかったのだろう、子猫は私の膝まで上って来て甘えた。この子が、ぶんの新しい仲間となる。
この子猫は全く物怖じをしなかった。雄のぶんのあるかなしかの乳首に吸い付き、しきりに出ない乳を吸おうとする。また、この時期の子猫特有の、「母親から狩りを教わる」習性に従って、ぶんの脚やシッポに四六時中かじりついていた。ぶんはイヤな顔をしたが、仕方なく相手をしてやっていたものである。
時折、ぶんが疲れた顔で私を見上げ、ふう~とため息をつくのには参った。人間同様、猫もため息をつく。飼い主の私は、育児をすべてぶんに押し付け、お気楽な毎日を過ごしていたのである。
チビ猫はそのまま名前もちびと決まり、すくすく成長して美しいトラ猫となった。イケメンのぶんとは似合いのカップルと言えただろう(2匹とも去勢済みだが)。このまま、2匹にとっての穏やかな日々が続くかに見えていたある日、飼い主がまた子猫を拾ってきた。こいつが一番ラッキーであった。父ちゃん猫・母ちゃん猫の揃った家に来たようなものだったからだ。
ちびは、子猫にすり寄られた瞬間、「シャーッ」と威嚇したが、きょとんとしているコドモには通じなかった。自分もぶんに育ててもらったことを思い出したのか、すぐにあきらめて母猫役を務めるようになる。という訳で、ちびの「我が世の春」の娘時代はわずか1年で終わってしまったのだった。(続く)